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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2159号 判決 1965年4月28日

原告 鈴木章仁

被告 社団法人日本青年会議所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告と原告との間に昭和三八年三月一五日に締結された職員としての期間の定めのない雇傭契約が引き続き存在することを確認する。被告は原告に対し昭和三九年四月以降本件口頭弁論終結の日である昭和四〇年二月一七日まで一ケ月二五、〇〇〇円宛の金員を毎月二五日限り支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と右判決中金員支払を命ずる部分についての仮執行宣言とを求め、被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  原告は、昭和三八年三月一五日被告の職員として期間の定めなく採用され、二ケ月の試用期間を経て昭和三八年五月一五日本採用となり、被告から基本給として一ケ月金二五、〇〇〇円を毎月二五日限り支給されていた。

二  被告は、昭和三九年三月七日付内容証明郵便をもつて原告に対し「就業規則三二条一項二号に該当することを理由に解雇する」と意思表示をし、その書面は同日原告に到達した。しかしながら、被告就業規則三二条一項は、「理事会において職員が次の各号に該当すると認めたときは、少なくとも三〇日前に予告するか、または三〇日分の平均給料を支払つて解雇する。」と規定し、同項二号は、「執務能力が著しく不良であつて将来の見込がないと認めたとき」と規定している。しかるに、本件解雇は、理事会の議を経ずに行われたものであつて、就業規則に違反するものであるから無効である。また、原告は、被告職員として採用以来勤務はきわめて優秀であり、その業績について賞讃されたことさえあり、右条項に該当するものではない。よつて、本件解雇は就業規則の適用を誤つたものであり解雇権の濫用として無効である。また、就業規則に解雇理由を定めた場合には、これ以外の事由によつては解雇しないことを定めた趣旨と解すべきであるから、これに違反して契約法上の解除権を行使することは許されず、仮にそれが許されるとしても、本件解雇は、解雇すべき必要がないのに、もつぱら原告の利益を害することのみを目的として行われたものであるから無効である。

三  以上の理由により本件解雇は無効であり、原被告間には従前の雇傭関係が存在するから、その確認および昭和三九年四月分以降本件口頭弁論終結の日である昭和四〇年二月一七日までの未払基本給の支払を求めるため本訴請求におよんだ。

第三被告の答弁

一  請求の原因一記載の事実は認める。請求の原因二の事実中、被告が昭和三九年三月七日付同日到達の内容証明郵便をもつて原告に対し、その主張どおりの内容の意思表示をしたこと、その書面が同日原告に到達したことはいずれも認めるが、その余の事実は第三、二の主張に反する限り否認する。請求の原因三は争う。

二  原告は、昭和三九年二月二九日当時の被告会議所会頭小谷隆一理事以下前会頭、副会頭、理事、監事出席のもとに開催された同年度第二回理事会の議決を経て解雇されたものである。そして、その理由は、(1)被告は原告に昭和三八年四月から日本青年会議所会員名簿の校正を、六月からJ・C・Iワールド(世界青年会議所報)日本語版の校正を、それぞれ担当させたが、一頁に平均二、三ケ所の校正ミスがあり校正担当員としては適格がないので七月以降校正担当者を変更しなければならなかつたこと、(2)同年五月六月に亘り委員会の議事録係を命じた記録が冗漫で脱落が多く、しかも議事録作成に長時間を要するので、他の事務局員と交替せしめなければならないほど注意散漫であつたこと、(3)昭和三八年一〇月から一二月にかけ被告の全国大会、総会等の行事のため毎週急を要する書類発送業務が輻輳して事務局員総がかりでこれに忙殺されていても、原告はこの事情を熟知しながらなんら手伝おうとしなかつたばかりでなく、他の事務局員がやむを得ず封筒書きや領収書書き等を依頼しても、聞えても聞こえぬふりをしたり、極度に不快な顔をするなど協調性を欠く点があつたこと、(4)昭和三八年六月中委員会の件について各委員会に電話連絡をする際、原告は相手方委員の言うことをなかなか理解できず、しかも、同輩あるいは目下の者に対するような言葉づかいをすることが度々あるために会員から非難の声が多かつたこと、(5)被告主張の比叡山ホテルにおけるゼミナール(昭和三八年八月二一日から三日間。以下「ゼミ」と略称する)において、原告は会員としてではなく、青年会議所事務局の職員として参加したものである関係上、ゼミ以外の時間においても一応勤務中ということになるにもかかわらず、原告のみゆかた着で会場、ロビー等を歩いて会員の失笑を買い、右行動を原告の先輩訴外吉元正治が注意したところ、かえつて同人に猛烈にくつてかかるなど一般的良識を欠いた行動があつたこと、(6)昭和三八年一二月二六日、通常人の考えでは全く理由がないと思われることで、当時女子事務員であつた訴外元島良子を出勤簿でなぐり、また同日午後五時一〇分頃同女を被告事務所のあるビルの出口で待ち伏せするなど、強暴性があると思われる行動があつたこと、等により、原告は被告就業規則三二条二号にいわゆる「執務能力が著るしく不良であつて、将来の見込がない」ものであると認められたからである。そして、被告は前記解雇の意思表示に際し、解雇予告手当として、被告就業規則三二条所定の三〇日分の給与にあたる二五、〇〇〇円を原告に送付し、右予告はおそくとも同年三月一一日原告に到達したから、本件解雇の効力は同日、そうでないとしても本件解雇の意思表示が原告に到達した昭和三九年三月七日から三〇日を経過した同年四月六日、発生したものである。仮りに右の理由に基く解雇の効力が認められないとしても、本件解雇は契約法上の解除権による雇傭契約の解除として効力を認めらるべきである。

第四被告の答弁に対する原告の反論

一  被告の答弁二記載の事実のうち、昭和三九年二月二九日被告理事会が開催されたことは認めるが、本件解雇の件が審議され、承認されたことは否認する。原告が日本青年会議所の会員名簿およびJ・C・Iワールドの校正を行なつたこと、被告主催の比叡山におけるゼミに原告が参加したこと、原告に対する予告手当三〇日分が遅くとも同月一一日原告に到達したことは認めるがその余の事実は否認する。

二  原告は日本青年会議所会員名簿の校正、J・C・Iワールド日本語版の校正にあたつて校正にミスがあると注意されたことはなく、後者の校正は同年一一月まで続けていた。また、原告は、委員会の議事録作成に従事したことも、従つてまた、他の事務員と交替させられたこともない。昭和三八年一二月はJ・Cデー統一行事のため原告はその報告書作成に忙殺され、他の事務を手伝う余裕もなく、従つてまた他の事務局員から封筒書き、領収書書きを依頼されたこともない。原告は平常は他の事務を手伝つているのみならず、電話応待について非難をうけたこともない。被告主催の比叡山ホテルにおけるゼミの終了時刻である午後八時を過ぎた後一旦自室に帰り、着物に着かえて午後九時頃会場の様子を見に行つた事実はあるが既に時間もおそく、他に行き合う人もなかつたから、右事実を原告の非行としてとがめだてするのはあたらない。吉元と口論に及んだのも、同人から前記事実を注意されたからではなく、原告が就寝前入浴する前に買つて室のテーブルにおいておいたオレンジ・ジユース二本を吉元が無断で飲んだので、原告がこれをとがめたことに端を発したものである。更に、原告は訴外元島良子を出勤簿でなぐつたことはない。昭和三八年一二月末原告は同人及び訴外早川某女を「コーヒーでも飲みましよう。」と誘い、銀ブラをしようとして連れ立つてある横断歩道にさしかかつたとき、右両名が突然かけ出して行方をくらましてしまつた。そこで、原告は翌日朝被告事務室で元島に対し前記の非礼をとがめ、出勤簿でリコピー機の角を軽くたたいたことはあるが元島をなぐつたことはない。なお、その日ビルの入口で元島を待つていたのは、同行していた早川にも事情をただすため、同女の電話番号を元島にきこうとして待つていたにすぎない。

第五証拠<省略>

理由

原告が昭和三八年三月一五日被告の職員として期間の定めなく採用され、二ケ月の試用期間を経て同年五月一五日本採用となり、被告から基本給として一ケ月金二五、〇〇〇円を毎月二五日限り支給されていたこと、被告が昭和三九年三月七日付内容証明郵便をもつて原告に対し、原告を被告就業規則三二条一項二号に該当することを理由に解雇するという意思表示をし、その書面が同日原告に到達したことは当事者間に争がない。

原告は、「右解雇の意思表示は就業規則三二条所定の理事会の議決を経ないでなされたものであるから無効である」と主張するから、先ずこの点について判断するのに、事務局職員を就業規則三二条一項二号によつて解雇するには理事会の議決を要することは被告の明らかに争わないところであるが、証人吉元正治の証言及びこれによつて成立を認める乙第一号証、証人米原正博、同咲山文男の各証言を綜合すれば、本件解雇は、昭和三九年二月二九日東京商工会議所ビルで開催された一九六四年第二回被告理事会の議決を経たものであることを認めるに十分である。(もつとも、原告本人尋問の結果によれば、同年三月一六日頃原告電話照会に対し、被告会議所役員である訴外牛尾治郎が「自分は遅れて出席したのでよくわからないが、自分の在席した範囲では右理事会において原告の件は付議されなかつた」旨を、また、同じく役員である訴外和泉某も「自分は右理事会に出席していたが、原告の件は付議された記憶がない。議事録を調べて見ればはつきりしたことが判るだろうが今のところ覚えがない」旨を、それぞれ答えたことが認められる。しかし、他方、同じ本人尋問の結果によれば、当日理事会に出席した役員小島某は、同じ頃原告の質問に対し、「原告の件が右理事会に付議されたような記憶がある」旨答えていることが明らかであること及び前顕乙第一号証の記載、前顕吉元、米原、咲山ら各証人の証言を考え合わせてみると、前記牛尾及び和泉の回答だけでは理事会の議決があつたという前記認定を左右するに十分でない。)してみれば、本件解雇が理事会の議決を経ていないから無効であるという原告の主張は、失当であつて、採用できない。

次に、原告は、本件解雇が就業規則三二条の適用を誤つて行われたものであるから無効であると主張するので、この点について判断する。前顕乙第一〇号証によれば、前記三二条は被告就業規則第五章休職退職の章下の規定であつて、その第一項には、理事会が一、不具廃疾その他精神又は身体に故障があるか若しくは虚弱疾病老衰その他事務に耐え得ないと認めたとき、二、執務能力が著しく不良であつて将来の見込がないと認めたとき、いずれも職員を解雇し得べきこと及びこの場合には、「少くとも三〇日前に予告するか又は三〇日分の予告手当を支払つて」解雇すべきことを定め、且つその第二項に、「前項の予告の日数は平均給料を支払つた場合はその支払つた日数だけ予告期間を短縮することができる。」と規定していることが認められる。

ところで、これを、同じく乙第一〇号証によつて認められる同規則第八章表彰懲戒の章下にある同規則四一条及四四条三号の規定が、職員の「業務実績の挙がらないとき」、予告期間をおかず、「理事会の議決」により懲戒解雇できる旨定めているのと対照すると、前記三二条の趣旨は、「執務能力があるのに業務実績が挙らない場合と異なり、執務能力そのものが著しく不良であることは、そのこと自体労働者を懲戒すべき事由とはならないから、将来改善の見込がないときは解雇するが、その際は当該職員に対して三〇日前に解雇を予告するか、三〇日分の平均給料を支払い、あるいは、平均給料を支払つた日数だけ、三〇日前の予告期間を短縮するという労働基準法第二〇条第一、二項の趣旨にそう一般解雇の手続をふむべきこと」を明らかにしたものと解すべきである。また、前記三二条一項が、「執務能力が著しく不良であつて将来の見込がないとき」としないで「執務能力が著しく不良であつて将来の見込がないと理事会が認めたとき」と規定した趣旨は、就業規則第三二条の解雇も懲戒解雇と同様に職員の意思に反する不利益取扱であるから懲戒処分と同じく理事会の議決を要することを明らかにしたものであつて、しかも、本来使用者は執務能力の不良な被傭者を自由に解雇できるのであるから、「著しく不良」あるいは「将来の見込がない」という認定が、合理的な範囲を逸脱しない限り、これを理事会の裁量に委ねた弾力的な規定と解するのが相当である。

以上の観点に立つて、前記理事会が本件解雇を議決するにあたつて、右裁量を誤つたものであるかどうかを考えるに、(1)原告が被告主張の頃(この点は原告において明らかに争わない。)日本青年会議所の会員名簿およびJ・C・Iワールドの校正を行つたことは当事者間に争がなく、証人吉元正治、咲山文男の各証言を綜合すれば、原告がJ・C・Iワールド日本語版の校正について一頁に一、二箇所のミスをしたことがあること、採用当初から企画室に勤務し、会議議事録の作成にあたつていたが、その表現が非常識であり的確を欠くことがあつたことをうかがえないではないが、これらはいずれも前認定の如く原告が被告会議所に勤務して日未だ浅い時期の出来事であること及び成立に争のない乙第九号証によつて認められるとおり、原告は昭和七年生れで大学院経済研究科を卒業していることを考慮に加えれば、次第に事務に慣熟すると共にこの種の執務能力が向上する見込がないと即断することはいかにも早計であるといわなければならない。(2)しかし、成立に争のない甲第四号証、乙第七号証、前顕証人米原正博、吉元正治(一部)、咲山文男、元島良子(一部)、小林慶子の各証言及び原告本人の供述の一部によれば、(イ)被告の事務局では、昭和三八年一〇月頃から全国大会、世界会議を控えて毎日急を要する書類発送業務が輻輳し、事務局職員がほとんど総がかりでこれに忙殺されていたに拘らず、原告はこの事情を知りながら積極的に手伝おうとはせず、他の事務局職員から手伝を依頼されても快く応じなかつたこと(原告本人の供述中これに反する部分は採用しない)、(ロ)昭和三八年六月頃被告会員と電話連絡をする際原告は会員の言うことを容易に理解できず、同輩または目下の者に対するような言葉づかいをすることが度々あつたこと、(ハ)昭和三八年八月比叡山ホテルで開催された被告主催の経営ゼミに原告が青年会議所事務局の職員として参加(参加の事実は当事者間に争いがない。)したとき、夜間とはいえ勤務中であるのに、原告だけがゆかた着で会場ロビー等を歩いて当時の会頭から同行していた古参の同僚吉元正治を通じて注意を受けたこと及び同夜右注意を受けたことによる昂奮の覚め切れぬ折柄、右吉元が原告の買求めて置いておいたオレンジジユースを無断で飲んでしまつたことに憤激し、「どうして人のものを黙つて飲むんだ。」「それじや全く盗み飲みじやないか。何たる非常識なことをするんだ。君は私のことをいろいろ言うけれども、あんただつて何だ。てんでなつちやいないじやないか。」と、階上の別室に宿泊中のゼミ参加会員の耳にも達するほど声高かに且つ烈しい口調でなじつたこと(証人吉元正治の証言中右認定に反する部分は採用しない。)、(ニ)原告は同年一二月二四日同僚元島良子及び早川須賀子を散歩に誘つたところ、途中で右両名が秘かに逃出し行方をくらましたことに憤慨し、同月二六日朝勤務時間開始前被告事務室において元島良子に対し「まいたのはひどいじやないか。」となじつたところ、「そちらの出方がエチケツトに反するから、その位当り前でしよう。」と言いかえされて激昂し、手にしていた出勤簿(黒色厚紙表紙三〇×二〇センチメートル)の平面で元島良子の左肩を音高く打つたこと(証人元島良子の証言および原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は何れも採用しない)、(ホ)被告は全国二八三都市の青年会議所を正会員とする法人であつて、しかもその会員数が年一割以上増加して行くので、会員の行う地域開発、社会奉仕等につき連絡、調整、指示をする被告事務局の担当事務は、十余にのぼる各種委員会並に一企画室の運営のほか庶務、人事、経理その他に及び、わずかに十名内外の被告事務局職員では手不足で、総会、理事会、委員会などを開催する場合の如きは、事務局長以下職員全員が切手を貼るなど互いに他に協力し、緊密ないわゆる「チームワーク」をとる必要があること、がそれぞれ認められる。そして、以上(イ)ないし(ホ)の各事実を通観して仔細に検討してみると、原告は、このような「チーム・ワーク」を要求される小人数のサービス機関の一員として、執務能力の点で著しく欠けるところがあり、被告理事会において「将来見込がない」と判断したことは必ずしもこれを早計と断ずることはできない。(もつとも、原告本人尋問の結果によると、原告はその作成したJ・Cデー統一行事の実態報告書につき副会頭および事務局長から「力作」として賞讃されたことがあることが認められるけれども、この一事だけでは未だ右認定を左右するに足らず、他にこの認定を覆えすだけの証拠はない。)してみれば、前記理事会が就業規則第三二条を適用して本件解雇を議決するにあたり、裁量の範囲を逸脱したものとはいい得ないから、本件解雇が就業規則の適用を誤つたものであるとする原告の主張は採用のかぎりでない。

また、被告が原告を解雇する必要がないのに専ら原告の利益を害することのみを目的として原告を解雇したという原告の主張は、上来認定の事実関係の下においては到底これを認めるわけにいかないから、これまた失当であるといわなければならない。

以上の次第であるから、本件解雇には原告主張の如き違法の点はなく、しかも本件解雇予告手当三〇日分金二五、〇〇〇円がおそくとも昭和三九年三月一一日原告に到達したものであることは当事者間に争がないところであるから、原被告間に昭和三八年三月一五日締結された雇傭契約関係はおそくとも昭和三九年三月一一日既に消滅したものというべきであり、従つて同年四月以降もこの契約関係が存続することを前提として、右契約関係の確認及び昭和三九年四月以降昭和四〇年二月一七日まで一ケ月二五、〇〇〇円宛の賃金の支払を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却しなければならない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 松野嘉貞)

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